世界には蛸を食す文化をもつ国はあまりない。世界に国は数あれど、おとなりの韓国、そして地中海のイタリア、ギリシャ、ポルトガル、スペインなどくらいだという。そして日本は世界の6割の蛸を消費しているらしい。その日本の蛸の中で一番有名なのが下津井蛸、と言いたいところだが知名度では隣県の蛸が上だろう。タコ焼きという日本を代表する蛸料理をつくりあげた関西の知名度には勝てない。だが、下津井の蛸はなんといっても「味」で他の蛸を上回る。タコ焼きに入れるなんてもったいない蛸なのだ。これはもうひとえに海の恵み。備讃瀬戸は狭い海流の中に島々が点在し、早まった潮流が山・谷・平地の複雑に入り組んだ海底を造形した。そしてそれが魚類やその餌となる豊富なプランクトン、小貝や餌虫などのいわゆる「魚の底えさ」を発生させているのだ。港の近くでは11月頃からは蛸を天日干しした風景が見られ、風に踊る半透明の蛸が太陽に煌く。
また、メバル(カサゴ)やままかり、貝柱、穴子、舌平目、河豚、太刀魚や鯛も、九州などに比べると幾分こぶりではあるが、ぐんっとうまみがつまっている。煮物にするとちょうど良いあんばいだ。児島のお母さんは口を揃えて「よその(県の魚)は見た目はええけど大味。下津井のは味がつまってほんまにおいしい」という。また、無口島の海苔はしっかりとした硬さに、岡山の甘辛い味つけがやみつきになる。おにぎりにはもちろん、酒の肴としてバリバリ食べるともう手がとまらない。下津井漁連では朝市が開催されている他、児島駅南(海側)の岡山県漁連水産物展示直販所「ふゅ~ちぁ~」でもこの下津井の幸をお買い求めいただける。かつての大名や船員たちが舌鼓をうったこの海の幸。お正月などの「ハレ」の日の食材としても、贈答用としてもおススメだ。
下津井の町並み保存地区を歩いていると、「まだかな橋跡」がある。そう、橋が架かっていたことからもわかるように、このあたりは海だったのだ。瀬戸大橋の架橋に併せ奇麗に整備され、ドライブバーンとなっている道を、かつての海の賑わいを想いながら走ってみてほしい。美しい瀬戸大橋がまた違って見えるかもしれない。それはまるで「つはものどもが ゆめのあと」。昔の夢あふれた地域は新しい夢を背負って時代を進む。